ふう、と深い溜息をつく。
今銭形の全身を覆っているのは何とも言えない疲労感だった。
誰もいないのをいいことに壁に背を持たせかけてうなだれる。部下には見せられない姿だ。
元々病院だったのか、空き家となっても残されたレースのカーテンがふわりと揺れた。ガラスが入っていない窓があるらしい。
夜に、無人の廃墟ー…怪談に出てきそうな場所だが、ひとりになりたかった銭形にはありがたい場所だ。
さっきまで関わっていた事件‐警察の上層部にまで及んだ犯罪は、組織というものを守る為にその全てが闇に葬られた。
むろん、犯人もその事件すら無かった事になってしまった。
…珍しくない事だ。
長年この世界にいる銭形は、警察組織の全てが正義の集団でないことはよく知っている。
己の正義を通した為に去っていった友もいる。
自分も「ルパン三世を追う」という特殊な任務がなければとっくにここから居なくなっていただろう。
事件の事はいい、ただ被害者の気持ちを考えると、鉛のような重い何かが銭形の心の中で渦巻いた。怒りなのか、焦燥なのか、諦めなのか…。
そんな時に、ひょいと届いたのがあの怪盗からの予告状だった。
至ってシンプルな内容で「今夜この場所で盗む。ルパン三世」と、この廃ビルの住所とあいつの似顔絵が書いてあった。
何を、と書いていないのは珍しい。ただあいつの事だ、何か企んでいる。
盗まれる物がわからなければ仕事として部下を動かすのは難しい。
銭形がひとりでここに居るのは私用で、という事になる。
ふー、と深い息を吐き、意識を今に切り替える。ルパンを追う時はルパンだけに集中しなければならない。生半可な気持ちで捕まえられる相手ではない。―と…、
ふわり
カーテンがたなびく。
薄汚れているであろうそれは、僅かな月の光に照らされて美しく見えた。
そして一瞬の隙に、赤いジャケットを纏った怪盗が窓枠に腰掛けていた。
あまりにも唐突に現れたルパンに呆気に取られつつ、何となく今の自分の顔を見られたくない気がして帽子を目深に被り直した。
どちらも、何も喋らない。
ルパンを捕まえるのが自分の使命だが、何故か今はこの状況を壊したくなかった。
奴が傍にいる―…だけで。
随分心が軽くなってくる気がする。
こいつを追いかけている時は、こいつのことだけを考えればいいからかもしれない。
ふと、空気が動いた気がして目を上げると赤い怪盗は自身を象徴するかのような真紅の薔薇を一輪、差し出していた。
もちろん、口許に柔らかい笑みをたたえて。
「……お前はッ!!」
急に我に返り、ルパンを捕まえようと手を伸ばす―と同時に煙幕が立ち込め、現れた時と同じ様に怪盗は一瞬で姿を消していた。
後には、真紅の薔薇が一輪と自分が好む酒が一本。ご丁寧にメッセージカードが付いていた。
『銭形警部の暗いキモチは頂いた。ルパン三世』
カーテンがまたふわりたなびき、その風を冷たいと感じる程に銭形の頬は赤く染まっていた。
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