銭形は以前、ルパンから花束を貰ったことがある。
花の価値など判らない銭形でも感心するほど見事に咲き揃った深紅の薔薇を、しかし当然のように押し返そうとしたとき、花束を押し付けてくるまでは上機嫌だった筈のルパンが何故か酷く傷付いたような表情を見せたので、ついうっかり受け取ってしまったのだ。散々に調べて盗聴器の類や妙な薬が仕込まれていないのを確認した銭形は、何となくその花束を捨てることも他人に譲ることも出来ないままにアパートまで持ち帰り、結局は乾涸らびるまで飾っておくことになった。
あの時のルパンが一体何を考えていたのかを銭形は未だに判らないでいるが、それでもまだ、今、この場で彼に銃口を向けたまま嗤っている男よりは、遥かにまともなことを考えていた筈だと思う。
「百合の花は嫌いかい?」
せっかくアンタの為に用意したのにな、そう続けると男は大振りの花瓶に活けられた百合の花束を台座ごと無造作に蹴り倒した。そのまま余裕を含んだ足取りで窓を背にした銭形の正面に回り、やはり銃を向けたままの姿で立ち止まる。
「…… 百合の花は死者に手向けるものだ」
無惨にも床に散らばった大輪の白い花と、割れた花瓶から漏れ出る水が汚していく高価そうな絨毯に眉を顰めながら、軋るような口調ながら何とか言葉を絞り出した銭形に、ルパンはさも意外そうに言ってのける。
「あらま知ってたの? アンタってばそういうことには疎いと勝手に思ってたんだけど」
銭形は答えない。刑事として様々な事件と被害者に関わってきた彼は、理不尽な理由で愛するひとを奪われた人々と共に数え切れぬ程の死者を見送ってきたのだ。だが、そんなことを眼前の男に話して聞かせたところで、返ってくるのは嘲笑だけだろう。
俺が知っている”あいつ”は今、何処にも居ない。
今更のように残酷すぎる現実に直面させられながら、銭形の顔には何の表情も浮かばなかった。
どのような深淵に身を沈めようと、どのような傷をその身に負おうと、常に軽やかであった、軽やかであろうとした誇り高い男は、何処にも居ない。
それなら、かつて確かに存在した誇り高い男の名誉を守る為にも、俺は目の前の男を止めなければならないと、銭形は心に誓った。
出来の悪い鏡が二重に映し出したような、ブレた幻の像を打ち砕くために。
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