尻と火事場の馬鹿力+α
先日の地震でたくさんのメールや拍手を頂きました。
本人いたって無事です、ありがとうございます。
地震発生時朝ごはん食べていた我々は、テーブルが揺れるのを誰だ豪快に貧乏ゆすりしている奴ァといぶかしげにしていたところ、下から突き上げるような一発。
幸い地盤が固い地方だったのか揺れによる人的被害は皆無だったものの、続く2度の大きな余震で結構いろいろと面倒なことになっておりました。
2回目の余震が来たとき自分は2Fで件の銃撃戦漫画にペンを入れていたのですが、ねえ、もう、線がすごい勢いでずれまして。
ヒィィイ!と地震の恐怖と線ずれ部分がよりにもよって人物の顔部分とかだったりした恐怖で一人パニックになり、急に立ち上がったところ頭上のラックに超体当たりしてしまい、PCに積んであったCDの山のなだれの下敷きになりました。
最後の余震があったのはちょうど愛するTかすけさんとスカイプで「銭形はヒロインである」という説をとくとくと熱く語っている最中だったのですが、数度にわたる揺れでどうも我がPCの今時珍しいブラウン管タイプのモニターが立て付けのよろしくない安物ラックの上でじりじりとずれ動いていたらしく。
たいした揺れでもないのにがったんという音と共に雪崩落ちるモニタ。
ものすごい必死に体張ってなだれを食い止める自分。
ブラウン管重い超重い、しかし今コイツを落としてPC操作不能にしてしまうわけにはいかんのだなぜなら今まさに作業中の漫画の線画が保存されていないからだ、死ねぬ、今だけは死ねぬ、PCの中のいかがわしいアレやそれのデータを抹消するまではー!!と内なる自分の何かが覚醒していわば火事場の馬鹿力状態でモニタを元の位置に押し込み、何食わぬ顔して再び銭さんヒロイン説から危機的状況萌えとかを語っておりました。当方、フリーザ様第2形態にいたぶられるクリリンを見て大興奮してしまった嫌な子どもでした。危機的シチュエーション萌え(駄目人間)
しかし全身汗だくで目が血走っている様をうっかりそばにあった鏡で確認して自分がビビる始末。
それにしても地震は本当に恐ろしいです。
自分のところはたいしたことがなかったから良かったものの、知人宅では壁に一部が崩壊し、震源地付近のクライアントや親戚とはずいぶん長いこと連絡が取れず肝を冷やしました。無事でよかった。
そういえば3月位にも大きめ地震の余波がとんできて本の下敷きになったよなあと思い出し、いい加減このカオスと化した部屋をどうにかすべきだと思う次第です。
ただ、部屋の模様替えをする場合、仕事部屋の一角がなんか武器庫と化している我が城、地味に増えていくモデルガンどもをどのように片付けるかが目下の課題です。そのうちサブマシンガンとか増える予定。何故。
ところで最近日々の不摂生がたたり体重がずいぶんと落ちてしまったわけですが。
そりゃ体重が落ちるのは大変望ましい喜ぶべき事なんだけっども、どうも我が肉体の減りポイントは主に
・乳
・尻
の2大ポイントのどちらかであって。
特に先日乳バンド買いに出かけたときにメジャーで測っていただいたところAAとか大変な結果が出てしまって、ちょ、ちょっとまて、AじゃなくてAAって何の冗談だい店員さん、あたしゃ山おんなならず谷おんなか、それじゃあミッチーの眼中の端に1ミリたりとも引っかからないじゃんかよと泣き濡れたばかりだというのに更にマイナスドン。
乳がいつ「谷」から「盆地」になるかびくびくして暮らす日々。
そして、乳はミクロで尻はでかいというアレな体系なので尻は減ってもよろしかろうと高をくくっておりましたが、どっこいそれが。
漫画を描くとき最近はもっぱらみかん箱というトキワ荘生活な自分、当然座るときは床に直座り。
何気なくいつものように尻を落としたところ、なぜか突き抜けるような尻に痛みが走る。
画鋲でもあったか!とびっくりして飛び退いたものの尻の下には何もなく、しかし尻を下ろすとなんか刺さるような感触でどうもごろごろして痛いわけで。
どうも、尻が一部分だけ劇的に痩せてしまったらしく、それが床との接点になる地点で。
尻の骨がダイレクトに床に当たって痛いという結論に達しました。
なんぞそれー!という言葉がピッタリなこの事実に愕然。
仕方ないので昔普通のクッションだと思って間違えて購入してきてしまったらしいドーナツ型クッション(痔主用)を使って生活しております。
もっと要領よく生きてもいいんじゃないのか、自分の尻よ。
---------
※追記は少々怒りが混じったアレな文です。地震がらみ、宗教がらみ。
観覧は自己責任でお願いいたします。
また特定の宗教等を批判するものではありません。
本人いたって無事です、ありがとうございます。
地震発生時朝ごはん食べていた我々は、テーブルが揺れるのを誰だ豪快に貧乏ゆすりしている奴ァといぶかしげにしていたところ、下から突き上げるような一発。
幸い地盤が固い地方だったのか揺れによる人的被害は皆無だったものの、続く2度の大きな余震で結構いろいろと面倒なことになっておりました。
2回目の余震が来たとき自分は2Fで件の銃撃戦漫画にペンを入れていたのですが、ねえ、もう、線がすごい勢いでずれまして。
ヒィィイ!と地震の恐怖と線ずれ部分がよりにもよって人物の顔部分とかだったりした恐怖で一人パニックになり、急に立ち上がったところ頭上のラックに超体当たりしてしまい、PCに積んであったCDの山のなだれの下敷きになりました。
最後の余震があったのはちょうど愛するTかすけさんとスカイプで「銭形はヒロインである」という説をとくとくと熱く語っている最中だったのですが、数度にわたる揺れでどうも我がPCの今時珍しいブラウン管タイプのモニターが立て付けのよろしくない安物ラックの上でじりじりとずれ動いていたらしく。
たいした揺れでもないのにがったんという音と共に雪崩落ちるモニタ。
ものすごい必死に体張ってなだれを食い止める自分。
ブラウン管重い超重い、しかし今コイツを落としてPC操作不能にしてしまうわけにはいかんのだなぜなら今まさに作業中の漫画の線画が保存されていないからだ、死ねぬ、今だけは死ねぬ、PCの中のいかがわしいアレやそれのデータを抹消するまではー!!と内なる自分の何かが覚醒していわば火事場の馬鹿力状態でモニタを元の位置に押し込み、何食わぬ顔して再び銭さんヒロイン説から危機的状況萌えとかを語っておりました。当方、フリーザ様第2形態にいたぶられるクリリンを見て大興奮してしまった嫌な子どもでした。危機的シチュエーション萌え(駄目人間)
しかし全身汗だくで目が血走っている様をうっかりそばにあった鏡で確認して自分がビビる始末。
それにしても地震は本当に恐ろしいです。
自分のところはたいしたことがなかったから良かったものの、知人宅では壁に一部が崩壊し、震源地付近のクライアントや親戚とはずいぶん長いこと連絡が取れず肝を冷やしました。無事でよかった。
そういえば3月位にも大きめ地震の余波がとんできて本の下敷きになったよなあと思い出し、いい加減このカオスと化した部屋をどうにかすべきだと思う次第です。
ただ、部屋の模様替えをする場合、仕事部屋の一角がなんか武器庫と化している我が城、地味に増えていくモデルガンどもをどのように片付けるかが目下の課題です。そのうちサブマシンガンとか増える予定。何故。
ところで最近日々の不摂生がたたり体重がずいぶんと落ちてしまったわけですが。
そりゃ体重が落ちるのは大変望ましい喜ぶべき事なんだけっども、どうも我が肉体の減りポイントは主に
・乳
・尻
の2大ポイントのどちらかであって。
特に先日乳バンド買いに出かけたときにメジャーで測っていただいたところAAとか大変な結果が出てしまって、ちょ、ちょっとまて、AじゃなくてAAって何の冗談だい店員さん、あたしゃ山おんなならず谷おんなか、それじゃあミッチーの眼中の端に1ミリたりとも引っかからないじゃんかよと泣き濡れたばかりだというのに更にマイナスドン。
乳がいつ「谷」から「盆地」になるかびくびくして暮らす日々。
そして、乳はミクロで尻はでかいというアレな体系なので尻は減ってもよろしかろうと高をくくっておりましたが、どっこいそれが。
漫画を描くとき最近はもっぱらみかん箱というトキワ荘生活な自分、当然座るときは床に直座り。
何気なくいつものように尻を落としたところ、なぜか突き抜けるような尻に痛みが走る。
画鋲でもあったか!とびっくりして飛び退いたものの尻の下には何もなく、しかし尻を下ろすとなんか刺さるような感触でどうもごろごろして痛いわけで。
どうも、尻が一部分だけ劇的に痩せてしまったらしく、それが床との接点になる地点で。
尻の骨がダイレクトに床に当たって痛いという結論に達しました。
なんぞそれー!という言葉がピッタリなこの事実に愕然。
仕方ないので昔普通のクッションだと思って間違えて購入してきてしまったらしいドーナツ型クッション(痔主用)を使って生活しております。
もっと要領よく生きてもいいんじゃないのか、自分の尻よ。
---------
※追記は少々怒りが混じったアレな文です。地震がらみ、宗教がらみ。
観覧は自己責任でお願いいたします。
また特定の宗教等を批判するものではありません。
犬の散歩をしていたところ、見慣れない、いかにもこの地の人間でなさそうな人物が農道を歩いてくるのが見えました。
我が土地は地方の農村で、道行くヒトほとんどすべてがどこの誰と分かるくらいに人口も少なく横つながりが広い場所です。
その一種異様な雰囲気と、重そうなナップザックを背負う姿に、ああ、やっぱりきやがったなと察知した私は、彼の向う方向に自宅があることを確認し、犬を連れてそそくさともと来た道を戻りました。
かくして彼は我が家を訪れました。
平日の真昼間、当然会社等で働く両親は在宅であるはずもなく。
自営業で自宅を事務所にしている自分と、農業を担当する祖母が家にいるのみでした。
そのときは祖母も外出して不在。彼の来訪に当然私一人が対応することになりました。
彼は、先日の地震の被害者へ義捐金を送る活動をしていると言いました。
私は、ええ、察しはついていました、と返しました。
彼はナップザックから数点の靴下を取り出し、コレを買っていただき、その代金を義捐金にするといいました。
私は、それも察しがついてます、と答えました。
彼は私の前に被災地を写したと思われる写真を並べ、あなたの善意を期待しますと言ってきました。
私は、私のやれる事はすべてやりました、と答えました。
彼は、年に一度のボランティアと思って寄付してくれといいました。
その額、1万。
私はもう一度、私のすべきことはすべてしました、と答えました。
彼は、この村であと10万は集めなくてはならないといいました。
私は、それは私には関係ないと答えました。
彼は、あなたは血も涙もないのですか、といいました。
私は、殴れば鼻血も出ますし涙も出ます、と答えました。
彼は何かの捨て台詞と共にドアを乱暴に閉めました。
私は今からお前を後ろから紐で首を絞めて、その様を撮影して漫画のモデルにしてやろうかとわりと本気で思っていました。(参考、前回の日記)
私の村は、地方にありがちな過疎村の1つです。
昼間は高齢の方くらいしか在宅しておらず、のんびりとした時間が流れているようなところです。
それが災いしてか、なにか大きな災害や事故が起きたときなどに、どこからともなくナップザックを背負った連中が家々を訪問し、義捐金と称してものを売りつけていくという奇妙な事態が多々発生するようになりました。
阪神のときも、3年前の中越地震の時も1年前の岡谷水害のときも。
彼らはナップザックのものを義捐金と称して売りつけに来る。
なにかの宗教が絡んでいるとも聞きました。
自分は宗教云々は別段個人の自由なのでどうでもいいと思っているのですが、なぜそういう連中が「物を買わせる」ことで義捐金を募っているのかがまったく理解不能です。物なんか買わせずとも金だけ集めて確実に被災地に送るとかしろよ。二足三文の靴下1枚3333円で買わせようとかする理由はなんだ一体。
そういえばさっき来た奴が私を血も涙もない奴といっていきました。被災地で苦しんでいる人のことを考えたことはないのか、とか。
ふざんけな、と。
私は、ものすごく大事なクライアントを新潟の被災地直撃地点付近に抱えておりました。そして、父の実家もまた震源地からさほど遠くない地点にありました。
地震があって、その後いろいろと情報を集めて、クライアントの住所の被害をネットを通して情報を仕入れ、つながらない電話に肝をつぶし、しかし電話線確保の為焦る思いを押しつぶして電話を控え、今自分にできることとしたらクライアントの仕事データのバックアップを万一先方のPCが破損したときでもすぐに取り出せるようにミラーサーバーを設置したり、メールのバックアップも取ってデータのやり取りがいつでも再開できるように配慮したり、私は私の仕事を滞りなくクライアントに渡せるように作業することしか今は出来ないと判断し、皆の無事を祈りつつひたすら仕事ら没頭しました。
やがて親戚との連絡が付き、物が散乱した工場の後片付けを手伝い、クライアントからの連絡も付き、データの異常もなく大変安堵し、その脚でコンビニに出かけて新潟県産のせんべいと酒を買いついでにコンビニ募金を行い、電話でクライアントたちの無事な声を聞いてようやくひとごごちついたと思ったら、「血も涙もない奴」呼ばわりと来た。
あまりに頭に来たものですからお前、今から一人アッパーで鼻血を出し一人ソバットで涙出すから見ておけこんニャロと思ったものの、そんなところでドリフ根性出しても意味ねェと自粛。
そういえば似たようなことを3年前にも言われた気がします。ハハ。
確かに彼らは義捐金を送るためにこの活動をしているのかもしれないけど、それを押し付けてくるんじゃないというのが自分の意見。
自分が被災地に対してなにかしたいと思ったらできる範囲のことを自分でやるから、あんたの力必要ないから。
そもそも年寄りしかいない時間を狙ってもの買うまで押し問答を挑んでくるのは何故だ。村役場に赴いて堂々と宣伝でもしてやれよ、放送だってしてくれるぞ、正規のものだったら。
まだ学生時代の頃、東京に住んでいた自分が街に画材を買いに繰り出していると阪神大地震の遺族を救済するための募金だとなんかの宗教の人たちに囲まれ、まだ純朴若造だった自分は画材を買うための有り金ほとんどを寄付したのです。その額900円。
それを見た彼らは、さも嫌そうに顔をしかめ、はっきりと「コレだけかよ使えねえな」といったのを私は今でも覚えています。
6畳一間の寮で一回の食費を200円以内で納めなくてはならないそんな学生が帰りの電車賃すらも省みず提出した900円に対してその言い草はないだろこの野郎、とその瞬間から募金アレルギーになった自分。
募金するならコンビニとか、直接被災地の自治体が開設した口座に直接金ふりこんだるよ、という信念になりました。
きっと、ナップザック軍団は今後もなにか大きな災害があるたびに靴下を売るためにこの地に訪れるのでしょう。
それでも血も涙もないといわれようとも、お前らには金などやらんと突っぱねようと心に誓っているのは、やはり自分には血も涙もないからなんだろうかとちょっとだけ愛犬の肩を抱いてメソメソとした次第です。
被災地に今自分が何が出来るか、と考えても、自分にはクライアントのフォローぐらいしかできませんでした。親戚の工場の掃除くらいしか出来ませでした。
ほかに何が出来たんだろう、と考えるもどうしても彼らの靴下を買うべきであったという結論には達しないのです。
クライアントと連絡が取れたとき、彼女のいつもどおりの明るい声を聞いて泣くかと思いました。
大丈夫でした、心配してくれてありがとうございます、また街が復興したら遊びに来てくださいね。
その台詞を聞いて、今自分が手にしている新潟産のせんべいと酒を買い続けることが少しでも新潟を潤すならそれも1つの支援ではないかと思うのです。
結論は、いまだでていません。
我が土地は地方の農村で、道行くヒトほとんどすべてがどこの誰と分かるくらいに人口も少なく横つながりが広い場所です。
その一種異様な雰囲気と、重そうなナップザックを背負う姿に、ああ、やっぱりきやがったなと察知した私は、彼の向う方向に自宅があることを確認し、犬を連れてそそくさともと来た道を戻りました。
かくして彼は我が家を訪れました。
平日の真昼間、当然会社等で働く両親は在宅であるはずもなく。
自営業で自宅を事務所にしている自分と、農業を担当する祖母が家にいるのみでした。
そのときは祖母も外出して不在。彼の来訪に当然私一人が対応することになりました。
彼は、先日の地震の被害者へ義捐金を送る活動をしていると言いました。
私は、ええ、察しはついていました、と返しました。
彼はナップザックから数点の靴下を取り出し、コレを買っていただき、その代金を義捐金にするといいました。
私は、それも察しがついてます、と答えました。
彼は私の前に被災地を写したと思われる写真を並べ、あなたの善意を期待しますと言ってきました。
私は、私のやれる事はすべてやりました、と答えました。
彼は、年に一度のボランティアと思って寄付してくれといいました。
その額、1万。
私はもう一度、私のすべきことはすべてしました、と答えました。
彼は、この村であと10万は集めなくてはならないといいました。
私は、それは私には関係ないと答えました。
彼は、あなたは血も涙もないのですか、といいました。
私は、殴れば鼻血も出ますし涙も出ます、と答えました。
彼は何かの捨て台詞と共にドアを乱暴に閉めました。
私は今からお前を後ろから紐で首を絞めて、その様を撮影して漫画のモデルにしてやろうかとわりと本気で思っていました。(参考、前回の日記)
私の村は、地方にありがちな過疎村の1つです。
昼間は高齢の方くらいしか在宅しておらず、のんびりとした時間が流れているようなところです。
それが災いしてか、なにか大きな災害や事故が起きたときなどに、どこからともなくナップザックを背負った連中が家々を訪問し、義捐金と称してものを売りつけていくという奇妙な事態が多々発生するようになりました。
阪神のときも、3年前の中越地震の時も1年前の岡谷水害のときも。
彼らはナップザックのものを義捐金と称して売りつけに来る。
なにかの宗教が絡んでいるとも聞きました。
自分は宗教云々は別段個人の自由なのでどうでもいいと思っているのですが、なぜそういう連中が「物を買わせる」ことで義捐金を募っているのかがまったく理解不能です。物なんか買わせずとも金だけ集めて確実に被災地に送るとかしろよ。二足三文の靴下1枚3333円で買わせようとかする理由はなんだ一体。
そういえばさっき来た奴が私を血も涙もない奴といっていきました。被災地で苦しんでいる人のことを考えたことはないのか、とか。
ふざんけな、と。
私は、ものすごく大事なクライアントを新潟の被災地直撃地点付近に抱えておりました。そして、父の実家もまた震源地からさほど遠くない地点にありました。
地震があって、その後いろいろと情報を集めて、クライアントの住所の被害をネットを通して情報を仕入れ、つながらない電話に肝をつぶし、しかし電話線確保の為焦る思いを押しつぶして電話を控え、今自分にできることとしたらクライアントの仕事データのバックアップを万一先方のPCが破損したときでもすぐに取り出せるようにミラーサーバーを設置したり、メールのバックアップも取ってデータのやり取りがいつでも再開できるように配慮したり、私は私の仕事を滞りなくクライアントに渡せるように作業することしか今は出来ないと判断し、皆の無事を祈りつつひたすら仕事ら没頭しました。
やがて親戚との連絡が付き、物が散乱した工場の後片付けを手伝い、クライアントからの連絡も付き、データの異常もなく大変安堵し、その脚でコンビニに出かけて新潟県産のせんべいと酒を買いついでにコンビニ募金を行い、電話でクライアントたちの無事な声を聞いてようやくひとごごちついたと思ったら、「血も涙もない奴」呼ばわりと来た。
あまりに頭に来たものですからお前、今から一人アッパーで鼻血を出し一人ソバットで涙出すから見ておけこんニャロと思ったものの、そんなところでドリフ根性出しても意味ねェと自粛。
そういえば似たようなことを3年前にも言われた気がします。ハハ。
確かに彼らは義捐金を送るためにこの活動をしているのかもしれないけど、それを押し付けてくるんじゃないというのが自分の意見。
自分が被災地に対してなにかしたいと思ったらできる範囲のことを自分でやるから、あんたの力必要ないから。
そもそも年寄りしかいない時間を狙ってもの買うまで押し問答を挑んでくるのは何故だ。村役場に赴いて堂々と宣伝でもしてやれよ、放送だってしてくれるぞ、正規のものだったら。
まだ学生時代の頃、東京に住んでいた自分が街に画材を買いに繰り出していると阪神大地震の遺族を救済するための募金だとなんかの宗教の人たちに囲まれ、まだ純朴若造だった自分は画材を買うための有り金ほとんどを寄付したのです。その額900円。
それを見た彼らは、さも嫌そうに顔をしかめ、はっきりと「コレだけかよ使えねえな」といったのを私は今でも覚えています。
6畳一間の寮で一回の食費を200円以内で納めなくてはならないそんな学生が帰りの電車賃すらも省みず提出した900円に対してその言い草はないだろこの野郎、とその瞬間から募金アレルギーになった自分。
募金するならコンビニとか、直接被災地の自治体が開設した口座に直接金ふりこんだるよ、という信念になりました。
きっと、ナップザック軍団は今後もなにか大きな災害があるたびに靴下を売るためにこの地に訪れるのでしょう。
それでも血も涙もないといわれようとも、お前らには金などやらんと突っぱねようと心に誓っているのは、やはり自分には血も涙もないからなんだろうかとちょっとだけ愛犬の肩を抱いてメソメソとした次第です。
被災地に今自分が何が出来るか、と考えても、自分にはクライアントのフォローぐらいしかできませんでした。親戚の工場の掃除くらいしか出来ませでした。
ほかに何が出来たんだろう、と考えるもどうしても彼らの靴下を買うべきであったという結論には達しないのです。
クライアントと連絡が取れたとき、彼女のいつもどおりの明るい声を聞いて泣くかと思いました。
大丈夫でした、心配してくれてありがとうございます、また街が復興したら遊びに来てくださいね。
その台詞を聞いて、今自分が手にしている新潟産のせんべいと酒を買い続けることが少しでも新潟を潤すならそれも1つの支援ではないかと思うのです。
結論は、いまだでていません。
2007/07/19(Thu) 00:55:18 | 叫び
うーむ
>アサドリさん考えれば考えるほど根が深い問題のように感じます。自分もまだまだ配慮が足りないわと思う次第です。重ね重ね失礼いたしました。品を買うことが救援につながるのであれば、いっそデパートなどを借りてチャリティバザー等を開くとか、小学校の体育館借りて物品展開くとか、人が集まる状況でどんと売った方がいいんじゃないかなと浅はかに考えてしまうのですがそう簡単にいくわけもなく。やはりできる範囲で自分が不利にならない範囲で救援と言う名を借りた消費を行うのがいいのかもしれません。ここでナンバーズあたりで高額賞金がゲットできたら、いろいろな贖罪をかねてぼっこりと寄付したいナーとか思うのです。その前に当たるところからスタートです(泣) アサドリさんはしばらくオンラインの創作活動を離れるということですが、戻られたらぜひ、いろいろと語らせてやってください。自分もチャット開きたいのになかなか時間が取れずもんもんとしております。語りたいなーもー。